星稜―明徳義塾(92年2回戦)

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第74回全国高校野球選手権大会。明徳義塾戦では全5打席を敬遠され、一度もバットを振ることができなかった

星稜(石川)   001 010 000|2

明徳義塾(高知)021 000 00×|3

■勝利第一か正々堂々か 星稜・松井選手5敬遠

 第74回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高野連主催)7日目の16日、第3試合の星稜(石川)−明徳義塾(高知)戦で、明徳義塾が星稜の4番打者松井秀喜三塁手を5打席とも敬遠したため、9回には、星稜応援席や外野席からメガホンや紙コップがグラウンドに大量に投げ込まれて試合が一時中断した。勝った明徳義塾の校歌が流れると、星稜応援席などから「帰れ、帰れ」の声が上がるなど騒然とした。

 明徳義塾の馬渕史郎監督は試合前から、「松井選手は敬遠」と指示していたという。7回には2死無走者でも歩かせた。1試合で5連続四死球は第12回大会以来2度目。

 松井選手が敬遠されるたびに、星稜応援席からだけでなく、観客席から不満の声が上がった。9回2死三塁で敬遠された直後、星稜応援席付近から「勝負しろ」との声が飛び、メガホンが投げ込まれた。星稜の選手やボールボーイが回収に走ると、「ごめんなさい」とわびる人もいた。しかし、1点差で敗れると、整列した明徳義塾の選手に対して、内野席から「帰れ、帰れ」の声が起こり、他の席にも広がった。

 一方、明徳義塾の応援席では試合中、「敬遠せよ」との声が大半だったが、中には、「逃げるべきではない」「土佐野球は真っ向勝負だ」と残念がる声もあった。

 大会本部や朝日新聞社などには試合中から1000本を超える賛否の電話が相次いだ。「選手宣誓でうたった高校野球精神を踏みにじる行為」「子どもの教育に悪影響を与える」「5回とも敬遠というのはやりすぎだ」との批判的な意見が多かったが、「勝つためには当然の策」「ルール違反ではない」との擁護派もあった。

 試合後、馬渕監督は「正々堂々と戦って潔く散るというのもひとつの選択だったかもしれないが、県代表として、ひとつでも多く甲子園で勝たせたいと思った。選手には嫌な思いをさせてしまった。私もつらかった」と語った。

 星稜、明徳義塾両校の地元などでも様々な意見が出た。

 敗れた星稜の教諭の一人は「一生懸命練習した松井君が一度もバットを振れなかったのはかわいそうだが、もう済んでしまったことだし、そっとしておいて欲しい」と語り、石川大会決勝で敗れた金沢市立工業の西東直人監督は「明徳の監督は勝負に徹したのだろうが、走者がいないときまで敬遠しなくてもよかったのではないか。石川大会決勝ではピンチのうち一度だけ敬遠の指示を出したが、それでも投手は勝負をした」と話した。

 明徳義塾の地元では、朝日新聞高知支局などに電話が相次いだ。

 「ともに高校生。正々堂々と勝負してほしかった」。「一生懸命練習してきた選手がかわいそうだ」と、明徳義塾の選手たちの努力を認めた上で、作戦に対する批判もあった。

 しかし、一方で、「県代表として勝たなければ、という使命を背負っているのだから、敬遠策は当然」「ルールを守って明徳が勝った。観客席から物を投げ込むなどは筋違い」「監督だって勝負させたかったと思う。インタビューの時の涙で、気持ちがよくわかった」など、明徳義塾に対して擁護、同情の意見も多かった。

    ◇

 明徳義塾が2度の好機を確実に得点に結びつけた。2回、先頭の岡村が中前安打し、中堅手が打球をそらす間に2進。捕逸と四球で一、三塁とし、青木のスクイズ、久岡の左越え二塁打で2点を奪った。3回には1死満塁で加用が右前安打し1点を加えた。これ以外で走者を出したのは、8回の振り逃げだけ。星稜守備陣の乱れと、山口のわずかな制球の甘さを突いた抜け目のない攻めだった。

 星稜は、4番松井が5打席全部敬遠された。そのうち4度が走者を置いた打席。打線が分断されたうえ、河野の緩いカーブにタイミングを狂わされ連打が出なかった。
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